東京駅は何回建て替えられた?丸の内駅舎の変化を歴史から解説
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第13話 / 全20話
東京駅は開業以来、何回建て替えられたのでしょうか。1914年の開業、戦災、戦後復旧、保存・復原工事まで、丸の内駅舎の変化を分かりやすく解説します。
現在の東京駅丸の内駅舎は、1914年(大正3年)の開業当時とよく似た姿をしています。
一方で、戦争で焼けたことや、長く2階建てだったことも知られています。
それでは、いまの建物は何代目なのでしょうか。東京駅の建て替えは何回行われたのか、その答えを整理します。
結論:東京駅は何回建て替えられた?
先に答えをまとめます。
- 丸の内駅舎は、創建時の建物をすべて解体して新築し直したわけではありません
- 戦後は、残っていた壁体や構造を生かして復旧されました
- 2012年(平成24年)の工事も、既存の建物を保存しながら創建時の姿を復原したものです
つまり、一般に想像されるような全面的な建て替えを繰り返した建物ではありません。1914年の建物の主要な部分が、いまも受け継がれています。
ただし、当時の材料がすべてそのまま残っているわけでもありません。長い年月の中で補修や交換が行われ、新しく造られた部分も加わっています。
「建て替え」「復旧」「復原」は違う
混同されやすい言葉を先に整理します。
| 用語 | 意味 |
|---|---|
| 建て替え | 既存の建物を解体し、新しい建物を建設すること |
| 復旧 | 災害などで損傷した建物を、使用できる状態へ戻すこと |
| 復原 | 資料や痕跡に基づき、失われた過去の姿を再現すること |
| 保存 | 既存の歴史的な部分を残し、維持すること |
なお、「復元」と「復原」は同じ読み方ですが、東京駅丸の内駅舎について、JR東日本や工事関係者は保存・復原工事という名称を使用しています。本記事でも公式表記に合わせて「復原」とします。
創建時の東京駅
丸の内駅舎は1908年(明治41年)3月25日に着工し、1914年(大正3年)12月14日に竣工しました。開業は同年12月20日です。
設計は辰野金吾。実施案は辰野葛西事務所によってまとめられました。
南北の折曲り延長は約335メートル。中央棟から南北へ両翼が長く伸び、建設当初は地上3階建てでした。両端にはドームが設けられています。
文化庁の解説では、レンガを主体とする建造物としては最大規模であり、首都東京を象徴する建築として価値が高いと位置づけられています。
戦災で何が失われた?
1923年(大正12年)の関東大震災では、駅舎に大きな被害はなく、倒壊も免れました。
大きな転機となったのは1945年(昭和20年)5月の空襲です。
- 屋根や小屋組が焼失した
- 南北のドームが損傷した
- 3階部分が大きな被害を受けた
- 一方で、外壁や構造体の一部は残った
ここが重要な点です。建物が跡形もなく消えたわけではありません。残った壁体や構造を利用し、戦後の工事では駅舎を使用できる状態へ戻す復旧が行われました。
空襲被害の詳細は第7話で扱っています。
戦後の駅舎は建て替えだった?
結論からいえば、建て替えではありません。
戦後の工事は、残存していた部分を利用した復旧でした。建物全体を解体して新築したわけではないのです。
ただし、外観は大きく変わりました。
- 創建時の3階建てから2階建てへ変更された
- 南北のドーム屋根が、簡素な形に改められた
背景には、焼損の状況、戦後の資材事情、早期に駅を復旧させる必要性など、複数の事情がありました。ひとつの理由だけで決まったものではありません。
戦後の姿を便宜上「2代目」と表現することもありますが、建物全体を新築したわけではありません。創建時の部分を引き継ぎながら、外観を変えて復旧された建物と理解する方が実態に近いでしょう。
2012年の工事は建て替えではない
丸の内駅舎は2003年(平成15年)5月30日、国の重要文化財に指定されました。その後、2007年(平成19年)に保存・復原工事が始まり、2012年(平成24年)に完成します。復原された駅舎は同年10月1日にグランドオープンしました。
この工事も新築ではありません。既存の駅舎を使いながら、次のことが行われました。
- 残っていた歴史的な部分を保存した
- 失われていた3階部分と南北ドームを復原した
- 創建時の図面、写真、現存する痕跡や部材を調査した
- 外観の再現だけでなく、構造補強や免震化を行った
さらに、既存の駅舎を一時的に支えながら地下躯体を新設し、その下に免震装置を組み込む工事も行われました。「昔の姿に戻す」だけでなく、駅舎を将来も安全に使い続けるための工事でもありました。
したがって、現在の駅舎が1914年当時と完全に同一というわけではありません。当時の材料だけで造られているわけでもありません。
どこが当時のまま残っている?
保存された部分と、新たに復原された部分を分けて整理します。
| 部分 | 扱い |
|---|---|
| 2階以下の既存の構造レンガ | 保存・補修して活用 |
| 2階以下の外壁の化粧レンガなど | 創建時の意匠材料を可能な範囲で保存 |
| 戦災で失われた3階部分 | 鉄筋コンクリートの躯体を新設し、外観を復原 |
| 南北ドームの屋根・内部装飾 | 資料や残存する痕跡をもとに復原 |
| 再利用可能な歴史的部材 | 調査・補修のうえ、一部を再利用 |
保存・復原工事では、創建時の仕様や工法を可能な範囲で採用しつつ、安全性や利便性のために現代の工法も使われています。
つまり現在の駅舎は、古い部分と新しく造られた部分が一体となって、ひとつの建物を構成している状態です。
現地で見比べてみよう
この重なりは、現地で意識して見ると分かりやすくなります。
まずは駅前広場や行幸通りから、駅舎全体を眺めてみてください。2階以下には保存された創建時の部分が多く残り、戦災で失われた3階部分は保存・復原工事で再び造られました。ただし、外観だけから個々の部材の年代を判別することはできません。
次に、丸の内南口や北口のドーム内部へ入ってみましょう。
見上げると、細部まで復原された装飾が広がっています。どこまでが保存された部分で、どこからが復原された部分なのか。現地の案内表示があれば、そちらもあわせて確認してみてください。
まとめ
最後に整理します。
- 丸の内駅舎は、全面的な建て替えを繰り返した建物ではない
- 1914年の建物の主要部分を利用しながら、戦後復旧と保存・復原が行われてきた
- 1945年の戦災後は、2階建てとして復旧された
- 2003年に重要文化財へ指定され、2007年着工の保存・復原工事が2012年に完成した
- 現在の駅舎は、古い部分と新しく造られた部分が一体となっている
「何回建て替えられたか」ではなく、「どうやって残されてきたか」。そう問い直すと、この駅舎の歩みが見えてきます。
第14話では「東京駅の丸の内口と八重洲口の名前の由来」を紹介します。
参考資料
- 文化庁「文化遺産オンライン/国指定文化財等データベース 東京駅丸ノ内本屋」
- JR東日本「東京駅丸の内駅舎 保存・復原工事」
- 東京ステーションシティ「東京駅丸の内駅舎 保存・復原」
- 東京ステーションギャラリー(東京駅の歴史に関する展示・資料)
- 国立国会図書館デジタルコレクション
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